ごく少数の人間だけがスタートアップを成功に導くことができる。しかし、1度ヒットすれば、あっと言う間に状況は変わる。瞬く間に、スタートアップの2つの材料だった人とコードはその価値を跳ね上げ、今までは考えられなかった大企業にも手が届く存在となる。大げさとも言える賛辞が吹き荒れる。この祭り騒ぎをどう乗り切るべきか? もし、あなたがあっと言う間に周りの環境を一変させる美しく有益なサービスを作ったとしたらどうだろうか? サービスを売る? それとも自分自身の魂を売ってしまう?
これが、スタートアップ成功者が直面する問題だ。素晴らしいサービスを作った、買収したいというオファーが殺到する。しかし、売ろうとする中で、自分の中のクリエイティブな何かが眉をひそめている。
もしかしたら、売るべきではないのかもしれない。例えばYouTubeのように、素晴らしい人々と素晴らしいサービスが、退屈で思慮浅い会社統合のために、無駄に労力を費やされてるなんていうゾっとする話はいくらでもある。DodgeballサービスはMountain Viewに買収され行き先を失ってしまったではないか。多くから愛されたブックマークサービスDeliciousは時代遅れの情報畑になってしまったではないか。
時に、成り上り者は成り上り者として独自の道を突き進まなくてはいけない。Foursquareはどうだ? Twitterはどうだ? Facebookはどうだ? 買収のオファーをはね除け、どこよりも強いサービスとなっている。どこも長年かけてビジネスモデルを見つけ出してきたのだ。StumbleUponというサービスに至っては、1度はeBayに売却してしまうが、創設者自らが買い戻しそこからまたインディーズサービスとして独立させたのだ。
起業家にとって、手放すことこそがゴールなのはわかりきったことかもしれない。コードの最初の1行を書くよりも先に、売抜けることを考えている。しかし、全員がそう思っているわけではない。ある特定の人々にとっては、彼らが作り出したサービスは芸術品となるのだ。文字通り、世界を変えるツールとなるのだ。そしてそう考える人にとってこそ、売却という行為は大きな問題となるのである。
Flickrはこの穴に落ちた。
スタートアップがすでに確立されている会社にやってくる時、大抵最初はとある部署からうるさく言われるものだ。その部署とはコーポレートデベロップメント、言うならば会社内の変化を管理する部署である。コーポレートデベロップメントは、普段はビジネスがどのように拡大(又は縮小)して行くか、市場に切り込むか撤退するか、他社とどのような契約を結んでいくのか等、会社全体の戦略を考えるのが役割だ。そして、その仕事の中には買収を監修、計画、承認、そして条件設定を行うというのが含まれる。
大企業が小さな会社を買収する場合、大抵はほんの小額が先に渡され、残りは買収(そして引き渡し)の進み具合によって後から支払われる。
コーポレートデベロップメントは、この過程の目印を設定していく。買収の目的を説明しレバレッジを提示する。内容に同意すれば、買収統合チームがでてきて仕事を初めて行く。小さな会社のサービスが、大企業のそれとして見合うものなのか、主に開発力等をチェックし統合していくのだ。
買収額の支払期日は、コーポレートデベロップメントによる条件を満たすことができたかどうかが基準となるので、買収する側もされる側も、条件を満たすための目印に新しい機能を設定することが多い。このためにガンガン素早く統合し働いて行く。残念ながら、ここでそもそもこの会社を買収するに至った独自の価値というものを忘れてしまうことがある。
例えばUpcoming、これはヤフーがFlickrの直後に買収したカレンダーサービスである。地域の情報を得るのに最適だと言われた。小さな町の小さなイベント、そういったなかなか入手困難なローカルの情報が強みであった。結果どうなったか? 買収後、結局は誰もが同じような内容のカレンダーばかりになってしまった。Upcomingはもともとユーザー参加型のサービスだったのに。それが個性でありユニークさであり、まさに価値であったというのに。
この時の買収の目印となったのは、地域のイベントデータをヤフーへと統合していくこと。しかし、ヤフーは、データを作っていたコミュニティそのものであるUpcomngユーザーへは、何の配慮をすることもなかったのだ。結果、ヤフーのアプローチは完全に逆効果なものになってしまった。コミュニティがどのようにデータを作っていったかではなく、データのみに左右され価値を求めてしまったのだ。
Upcomingの例は、わかりやすい大失敗だと言えるだろう。そして、これと同じようなことがFlickrにも起きたのだ。ヤフーが関心を持ったのは、ユーザーが作り出したデータベースのみ。そのデータを作りだしたコミュニティのことは気にもとめなかった。さらに残念なことに、コミュニティを拡大していくための新たな機能を追求することにも無関心だったのだ。
「コーポレートデベロップメント部の人との話し合が何度ももたれ、そこでとにかくサービスを擁護し自分達の考えを正当化するための説得だけに膨大な時間が費やされました。」そう話すのは、元Flickrチームのメンバー。
ついにFlickrがヤフーのサービスとして再出発した時、そこにあったのは買収チームの条件を満たすために、サービスや開発がつぶれてできたものだった。リソースも人材も資金も枯れ果てていた。ヤフーから多くのリソースを得たと言っても、しょせんそれはFlickrに対して貸し付けされたリソースだったのだ。そうして、革新を妨害する実に居心地の悪い場所へと変化していったのだ。
元Flickrチームメンバは、こう語る。「金はもうかるサービスのところへいく。金をくうところにはいかないんだ。」つまり、Flickrが稼げないのなら、資金(又は人材やリソース)も回ってはこないということだ。
Flickrはヤフーが他に持っている巨大サービス(ヤフーメールやヤフースポーツ等)と比べて、利益が少なかった。故に、他のサービスのような豊富なリソースが割かれることもなかったわけだ。その結果、革新のためではなく、統合のために持てるリソースを費やすようになってしまった。すると、もちろん新たにユーザーを惹き付ける魅力的な機能はでてこない。ユーザーが離れれば利益は減る、そしてまたリソースは減って行く。見事に負のスパイラルにはまり込んでしまったわけだ。
リソース不足、その結果Flickrは上に行くために打たなければいけない杭を全て手放してしまうことになった。地域性を失い、リアルタイム性を失い、モバイル性を失なった。そしてついに分野の先駆者であったソーシャル性までをも失うこととなったのだ。Flickrは動画でヒットすることはなかった、YouTubeに持って行かれてしまったからだ。人の繋がりで盛り上がることはなかった、Facebookに持って行かれてしまったからだ。写真サービスは、ただ写真のサービスとして存命するだけとなった。しかし、それもInstagramが台頭してくるまでの話である。
Flickrチームは、革新ではなく統合問題に取り組まされた。これが、Flickrが疲弊し次なるステップへと進めなかった理由である。


